もう私も30代手前。そういった思想の面での情熱とエナジーがキープ出来なくなって来ている自分が哀しい。日ごろの行いの悪さと後悔などをたせばもう40代ぐらいの感覚になってしまっているといっても過言で無いかも知れない。罪というものがどういう感覚で重くのしかかってくるかというのが良く判った。
蛭のように張り付いてエナジーを吸い取るものである。罪と言うものは人生を暗くするものであるのだ。
そういう意味で言えばこの前、観に行ったジョージ・デューク御大の素晴らしい事。
はち切れんばかりのFUNであった。う~む、どうやったらああいう感覚をキープできるのだろう?
またジェフ・リー・ジョンソンは白眉であった。
しかし、年齢を経てのプラスポイントは打たれ過ぎて、他人からの憎悪や軽蔑に対して冷淡になったところか、ひとを人種や金銭関係なしにしっかり選んで付き合えるようになったと言うか、人との距離を置けるようになったと言うか(プラスか?)。まあよりやさしくなったともいえるのかもしれない。ちょっとの攻撃ぐらいでは愛というものはびくともしないものなのである。しかしひつこくなり過ぎないよう注意である。ひつこくすれば(無意識なのだが)いつでも意味を取り違えられる。
そういった場合にでも「まあ、私一人で悲しんでても動力は働く。その人にとって物事が良く行けばいいや。」なんて簡単に考えれるようになってしまった。貪欲さがなくなってきている。少なくとも8年前にはまだそういった情熱があり自分は絶対であった。許せんものばかりで、体制が人を洗脳し間違った信仰をばら撒いているなぞ想像もせずに個人を徹底的に攻撃できるぐらいの荒さがあったというもの。しかし今は、、、、う~む、、、。
これは、、、、。マイナスだ!
マイナス・ポイントは偶像崇拝が出来なくなってきているところである。リアリティが付いてこないのである。しかし一番のマイナスポイントは、こういった事を考えて本当の意味で哀しくなったり憂鬱になったりできなくなってしまったところである。つまり感性の意味でボケて来ているのである。憂鬱になったその瞬間鼻糞を食べてその間にお尻を掻きながら、「あれ~、俺は今どこにいるんだ~?」みたいな(誇張し過ぎました。)
まあある意味かっこ良くは無いが幸せか?まあプラス?
しかし頻繁に仕事が入ってくる今日この頃。
これは28日のBRWと言うバンドの仕事終了後。
サンクス・ギビングの焼き豚をつくってライオネルの家に遊びに言った直後の電話で仕事とのこと。
テンプテーションズからチャイライツ、トランプスと言った感じである。
日本人の方々が非常に多くおられたが、誰一人として声をかけてこられなかった。
まあこちらからお声をおかけしても良かったのだが、、、まあそういった意味でも歳をとってしまった、、、。彼らが非常にイノセントな人たちに見えたのでその領域を壊したくないのである。
NOMA(ノマ)ことかの有名なニューオリンズ美術館で仕事であった。
クラーク氏とシャイ氏で仕事。レジェンドであり、クラーク氏はトラック・ワン、シャイ氏はもともとはファントムズの頭。
ピーター・バラカンも批評文でファントムズのLove the one your isのカヴァーを取り上げていましたがな。
まあこういった形で、来日しててもおかしくないミュージシャンのネットワークは確立しました。
後はコネクション?ヨーロッパや南米とかはたまにあるんですがねぇ、、、。
もし企画でニューオーリンズFUNKオールスターズみたいなのがあればこういった人たちがいくべきであります。
わたしは歳をとればとるほど80年代半~90年代初期のHK映画に出てる人みたいになってきてます。
しかし南部の結婚式もまだまだこれが現実。この前、観に行った「レイチェルの結婚式で」(邦題か?いい加減に書いてます)は完全な理想である。これからそういう方向に向かっていくとの示唆なので悪いはずは無いのだが果たしてそんなに上手くいくだろうか?、、、、なんて考える自分をまた歳をとったと考える自分。
歳をとるとやはり希望を持つ事すらが難しくなってくるわけであります。
まあそういわずに、お茶を一杯。
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