2008年12月31日水曜日

こんな靴いったいどこで売ってるんだろう?


色々なバンドで演奏する機会はあれ、このバンドのファッションセンスはピカ1である。
昨日はフレンチ・クウォーターのルネッサンス・ホテルにて演奏。


下の階では、父母が先にジャズの演奏を楽しみ、その後は息子、娘たちがR&B,FUNK,DISICOで楽しむと言う、アメリカの贅沢を極めた南部社交界であった、、、。とはいっても料理をつまみ食いしたが、何一つ美味しくなかった、、、。こんな時、ガリバー旅行記にでてくる世界観を思い出す。


われわれのフロアはこんな感じである。



これが、キューピッド・シャッフルを流すとこういう感じになる。


しかし、改めて思えば、けちなパーティであった。楽屋の準備は良かったのであるがバンドには酒をださなかったり、料理はサンドイッチだけ食えと言わんばかりだったり、グリディー・マザーファッカーめ!といってはいけない。これがホテルの経営体制なのであろう。


楽屋のコーヒーには、

と丁寧に。ミルクには

と馬鹿丁寧に記載されているではないか!(とはいってもハーフ&ハーフしかなかったし、コーヒーは少し薄く感じたのだが、、、。)


しかし南部のパーティーは結婚式もパーティーも一緒である。おそらく、この人たちの理想は映画「Rachel getting married」なんだろうなぁと思う。スウィートな客層である。


小言が多いといってはいけない。やはりわれわれ京都人は文化レベルが高いのである。
お粗末なパーティードレスで、「私がNO.1!」といわんばかりに踊りくるう白人の婦女子は非常に子供っぽく見える。ともう完全に、若くして爺の尺度で観てしまう。哀しき現実。

後はさほど載せるものも無いので通勤に使った、新バージョンの車両が増えるとともに近い将来無くなるかもしれない旧式路面電車の心地よくチープな内装と、マイナーな故障が多くデラックス・リヴァーヴに席を譲る事になるかもしれない私のアンプでも載せておく。珂々。






2008年12月29日月曜日

今週は休みなし。

それにつけても凄い過密スケジュールである。
今日のドラマーは会う前に日本のドラムマガジンのインタヴューで観た人であった。
実名を出すのが野暮と言うもの。

しかしニューオリンズのTOPドラマーの方々とはほぼ仕事をする機会を得れたと言っても過言ではないのではないだろうか?

最初のセットはいきなり入ってきた仕事だったので体力が無かったが、コーヒーを2杯飲む事によって克服できた。

それにつけても当初の印象とはうって変わってナイスな人であった。少し喋っただけであったがウォームなお人柄。リスペクトである。


最近は永井荷風の断腸亭日常という日記本にはまっている。
本は生活における薬だと捉えるならば間違いなくこの本は芸術的生活にポジティブに働くと言うもの。
荷風も素晴らしき日本が産んだ芸術家である。

この大正時代の怪物作家の日記は芸術家の社交術から社会観までにおよんでいる。
しかし、吃驚したのは政治嫌いの荷風が左翼について大正時代においてすでに「働かずして金をせしめようとする結社」という言い方をしている部分である。しかし天才的文豪の言う事が今の日本に巡り巡って純粋に日本を考える人たちやまた2チャンネラーの思想にまで影響を及ぼしているような気さえする。 やはり日本の芸術的エンターテイメントは文学、映画、コメディアン(残念ながら音楽はこの中に食い込む事ができなかった。あえて挙げるならYMOかもしれない)という流れにいっているような気さえするので(北野武がヴェニスのグランプリを受賞したのを考えるとあながち間違っていないと思うのだが)
こういった昔の文学家の作品は修正を加える必要が時代によってあれども本質については核の部分をいとも簡単に見当てていたりするので重要であると思う。

左翼を否定すれば右翼だと言われる現状。荷風先生はノンポリだったわけで、三島の超人的右翼思想とも訳が違う。
この時代と第二次世界大戦後の今とは訳が違う。

ようは日本人は世界大戦前は世界から黄色のジャップとして 人権をないがしろに国交では裏切られ、その後は日本にいる別の人種によって共産主義思想をプロパガンダ歴史捏造的に利用され裏切られ続けてきた訳であり、日本の歴史教育とアメリカ人の日本という国の価値観のずれからもそういったところがはっきり見える。

荷風のような作家にサポートになるはずの左翼を利用せず、こきおろした背後にはいったい何があるのか?非常に気になるところであるが、それは彼のプロフェッショナリズムなのでは?とおもう。日本の左翼とはいったいなんなのか?まあそんな考えもパゾリーニのサロを見ては吹き飛んでしまう。所詮われわれは右であろうが左であろうが権力者に騙されている存在な訳で、思想にしがみついたり信仰する人間は愚かだという事に変わりない。
この場合は、絶対の中からは自由は産まれず、自由の中からは絶対は産まれない。
なぜなら両方とも本質的に違うもので、無いものねだりである。
もしくはこれを一緒くたに全部融解させようと考える派も沢山いる。私はあまりにも後者を観てきたためにうんざりする。なぜなら京都は左翼の人口のほうが多かったからだ。無論別の人種に当てはめてその人種を神や聖者の様に仕立て上げる愚かな考え方は逆に差別を産み出す。日本国内でやっている分には構わんのだろうが、不可能な共産主義体制からファシズムが産まれるのと同じ過程であると言えば考えすぎか?しかし浅間山荘やその後の赤軍空港乱射事件は共産主義という名を借りたエゴイズムの産んだ悲劇である。
重要なのは懐疑ではなく、システムや他者に対する理解であるのはいわづもがな。

話を戻すと荷風氏の人との接し方も興味深い。懇意にしながらも距離を置く切ない優しさをもっていたり、否定したりするえげつなさもある。まあぐじぐじ言わず簡潔に延べているので判り易く潔いのであるが、こういうのを観ると芸術家たるもの文士も楽士も変わらんなとつくづく思ってしまう。

まあそんな他愛も無い事を考えながら明日の仕事に向けて曲を覚えねば、、、。

2008年12月12日金曜日

奇妙な事も、あるものである。



ガンビット・ウィークリーに折込で掲載されていたこのイベントでやるはずになっていた。
これは、良い仕事だ!

しかし、いつもの週4~5日のレギュラーの仕事をほかのギタリストを穴埋めに休もうと念入りに交渉したが、駄目!と言われたが、しかし!!
当日に気候が寒すぎるとの事で中止になった。


(ちなみにガンビット・ウィークリーとはただで手に入る地方紙、こんな感じです。)

多いそぎで氏に連絡し、現地に向かったわけであるが場所は普通の金持ちの家。
しかも、その家の住人が家の中を使わせたくないらしく、電源は2階のバルコニーしかないとの事。
極寒のなか外でやらせるつもりか?ヒーターも無い。われわれは何も家のものを盗んだりしないぞ。
失礼な親父だが、しかしイべントの企画者は一体何を考えてるんだ?
そこでMr.Brown氏が到着。
明晰かつ迅速な氏の判断により仕事は中止の運びになった。
ここまでちゃんとしたイベントでこれは無いだろう?と言う話であるが、なんじゃこりゃ~?である。
昔日本でバンドをやっていた時をふと思い出した。
なんとも奇妙な一日。

2008年12月2日火曜日

昨日は2本立て続けに仕事。



と言う事で集中力の危機であった。というかリラックスしすぎである。


キーボードのアール氏と写真を撮り合って遊んでいたのである。

(左はドラマーのリック氏。日本で演奏されていたそうな。)


昼はJazz Emporium夜はBullett'sと言う名のチトリン・サーキット(ゲットーとも言いますがな)で仕事。


クラブはすし詰め状態。



しかし、ゲットーだからと言って侮ってはいけない。
ネイゲンと並んで有名な市長のジェファーソンもいましたがな。
外で売っていたBBQリブ・サンドイッチの美味かった事。
音響と労働時間以外は万事GOODということで、、、。


2008年11月30日日曜日

あー、忙しい!!と同時に30代手前の自己分析。

忙しいのは良い事である。しかし、歳をとって見てまた思うのはそれまでの情熱は反抗的精神であった。




もう私も30代手前。そういった思想の面での情熱とエナジーがキープ出来なくなって来ている自分が哀しい。日ごろの行いの悪さと後悔などをたせばもう40代ぐらいの感覚になってしまっているといっても過言で無いかも知れない。罪というものがどういう感覚で重くのしかかってくるかというのが良く判った。



蛭のように張り付いてエナジーを吸い取るものである。罪と言うものは人生を暗くするものであるのだ。



そういう意味で言えばこの前、観に行ったジョージ・デューク御大の素晴らしい事。




はち切れんばかりのFUNであった。う~む、どうやったらああいう感覚をキープできるのだろう?

またジェフ・リー・ジョンソンは白眉であった。




しかし、年齢を経てのプラスポイントは打たれ過ぎて、他人からの憎悪や軽蔑に対して冷淡になったところか、ひとを人種や金銭関係なしにしっかり選んで付き合えるようになったと言うか、人との距離を置けるようになったと言うか(プラスか?)。まあよりやさしくなったともいえるのかもしれない。ちょっとの攻撃ぐらいでは愛というものはびくともしないものなのである。しかしひつこくなり過ぎないよう注意である。ひつこくすれば(無意識なのだが)いつでも意味を取り違えられる。

そういった場合にでも「まあ、私一人で悲しんでても動力は働く。その人にとって物事が良く行けばいいや。」なんて簡単に考えれるようになってしまった。貪欲さがなくなってきている。少なくとも8年前にはまだそういった情熱があり自分は絶対であった。許せんものばかりで、体制が人を洗脳し間違った信仰をばら撒いているなぞ想像もせずに個人を徹底的に攻撃できるぐらいの荒さがあったというもの。しかし今は、、、、う~む、、、。

これは、、、、。マイナスだ!
マイナス・ポイントは偶像崇拝が出来なくなってきているところである。リアリティが付いてこないのである。しかし一番のマイナスポイントは、こういった事を考えて本当の意味で哀しくなったり憂鬱になったりできなくなってしまったところである。つまり感性の意味でボケて来ているのである。憂鬱になったその瞬間鼻糞を食べてその間にお尻を掻きながら、「あれ~、俺は今どこにいるんだ~?」みたいな(誇張し過ぎました。)


まあある意味かっこ良くは無いが幸せか?まあプラス?


しかし頻繁に仕事が入ってくる今日この頃。



これは28日のBRWと言うバンドの仕事終了後。








サンクス・ギビングの焼き豚をつくってライオネルの家に遊びに言った直後の電話で仕事とのこと。








テンプテーションズからチャイライツ、トランプスと言った感じである。


日本人の方々が非常に多くおられたが、誰一人として声をかけてこられなかった。



まあこちらからお声をおかけしても良かったのだが、、、まあそういった意味でも歳をとってしまった、、、。彼らが非常にイノセントな人たちに見えたのでその領域を壊したくないのである。



しかし、今日は良い仕事であった。




NOMA(ノマ)ことかの有名なニューオリンズ美術館で仕事であった。



クラーク氏とシャイ氏で仕事。レジェンドであり、クラーク氏はトラック・ワン、シャイ氏はもともとはファントムズの頭。

ピーター・バラカンも批評文でファントムズのLove the one your isのカヴァーを取り上げていましたがな。
まあこういった形で、来日しててもおかしくないミュージシャンのネットワークは確立しました。
後はコネクション?ヨーロッパや南米とかはたまにあるんですがねぇ、、、。
もし企画でニューオーリンズFUNKオールスターズみたいなのがあればこういった人たちがいくべきであります。

さすが、立派な方と言うのは歳をとっても品格を失わないもので御座います。情報通であり感覚的にも鋭い御大はFUNKY FUNKYなNew Orleans グルーヴの長で御座います。(ちなみに左後ろのおじさんは誰?)

わたしは歳をとればとるほど80年代半~90年代初期のHK映画に出てる人みたいになってきてます。

われわれの演奏後にはピンストライプ・ブラスバンドがフィナーレを。
しかし南部の結婚式もまだまだこれが現実。この前、観に行った「レイチェルの結婚式で」(邦題か?いい加減に書いてます)は完全な理想である。これからそういう方向に向かっていくとの示唆なので悪いはずは無いのだが果たしてそんなに上手くいくだろうか?、、、、なんて考える自分をまた歳をとったと考える自分。
歳をとるとやはり希望を持つ事すらが難しくなってくるわけであります。
まあそういわずに、お茶を一杯。

2008年11月25日火曜日

東郷元帥。


マイブームです。


こんな英雄がいたのを知らされずに育つ日本の子供たちは不幸だ、、、。


2008年11月20日木曜日

7日間

ぶっ続けで仕事である。

ハリケーン以降としては、久々である。
確かに悪夢を見ることが多ければそのぶん良い事が起こるのかもしれない。

と言うよりも、それまでのストレスのフラッシュバックが精神が落ち着いた時に起こるという説を唱えてしまえば、夢もくそも無いかも知れない。

最近は読書不足で困っている。

ニューヨークの紀伊国屋から、日本文学でも取り寄せて読みたいところである。

「絹と明察」が最後だ、そういえば安部公房など今の季節にぴったりかも知れない。


明日はダブル・ブッキングである。曲を覚えねば、、、。

2008年11月5日水曜日

FAT CATZにて大統領選。

選挙の日に仕事。


大統領選である。





いきなり入った仕事。昼間はレイチェル・ゲッティン・マリーと言う映画を観に行った。


CANAL PLACEシネマの2つの映写室を使って上映との異例の事態。選挙の日に観に行ってこれはこの映画館のオーナーはデモクラット応援してる人だなとすぐに判った。





良い映画であったが、アメリカ映画おなじみの近撮のせいで、また気持ち悪くなった。





行きの路面電車で足の無い読み書きも不自由そうなおじさんがオバマ氏のTシャツを着ているのを見てこれは、オバマ氏が勝たないといけないと真剣に思った。





そこで電話がかかってきていきなり仕事。


休憩時間中にオバマ氏勝利のニュースが。





こんな瞬間に立ち会えた事を誇りに思う。






とくにお年寄りの黒人の方のリアクションは涙を誘うものであった。本当に良かった。資本主義の社会の中でやっとマイノリティがリーダーになれた。この意味は大きい。

ヨーロッパもアジアにもできなかった事。

今日はアメリカに住んできたなかでも、最高の日かもしれない。

2008年11月3日月曜日

ハロウィン

は、立て続けに3回も仕事が入った。

朝は、病院、昼は老人ホーム、夜はいつもの職場である。

朝の病院のパンプキン患者がコールド・シットだったので写真を、


夜の職場。


この日は大人も子供のように痛々しいまでの仮装をする。



かなりの客が興奮支離滅裂状態であった。




しかしこの写真。

右の美少年の目つきといい、その隣の花嫁姿の男と言いなんだか映画「サロ(ソドムの市)」を髣髴とさせるではないか!ここは麻薬中毒者やギャングの土地。

アメリカのサロかもしれないなんてふと考えてみた。

今日はこの辺で。

2008年10月13日月曜日

またもやハウス・オブ・ブルースにて








今回はゴスペル・ブランチのギグ。




昨夜は20時~1時まで演奏していたため、へろへろであったが気を取り直して朝7時に起床。




まだメンバーは誰も来ていなかったので散歩。
朝です。








コーヒーを買って、目を覚まします。


ここはトイレの内装が凄いんですよ。









ほら!!



民族色の強いトイレです。



あとはこれ!

全然似てないジョン・リー・フッカー、、、。ここまで行くと概念と精神世界を飛び越えたジョン・リー。

シュールと言う表現すらばばつかみでどぶに投げ捨てている感じすらいたします。







開演前。JOクールディヴィス氏とパーカー・シャイ氏。良い写真が取れました。


このおばさんも昔ファースト・ヱヴァンゲリスト教会で一緒に演奏したことがあります。




ドラムはDW社。音が硬くPA向きです。








サウンドマンの方に写真を撮ってもらったのですが、手振れが酷い!


良い構図なのに!ドラムはチャールズ君。グルーブ系のシンプルかつ良いドラミング!


合唱団はマルディ・グラのZULUのパレードのフロートに乗っておられる方々。


古いゴスペルはまるでブルースのよう。とはいっても、ヴァイブスが少し違うのであまり普段のようにローダウンになり過ぎないように、エナジーを感動系に持っていくように注意しないといいけません。

ギグは、、、、、楽しかった!!

ご飯も付いて最高!毎日こんな仕事なら秀樹、感激であります。


では、また!

2008年9月22日月曜日

ブルース系ドラマーの話。

ほとんどの日本人のブルースファンは好きなドラマーの第一候補にフレッド・ビロウを挙げる。
しかし、8~9割がたフレッド・ビロウを挙げるのを変だと思った人はいないだろうか?残りの1割がシカゴ系のオディ・ペインやフランシス・クレイなどになったりしていないだろうか?確かに彼らのシャッフルは素晴らしいがどうして当時の南部の競争の激しいバンドスタンドから出てきたドラマーに注目することが無いのだろうか?

それは日本のブルース教育が白人よりであり、ロックより過ぎるのである。確かに私もシカゴブルースは好きではあるが。

ここで少し話を戻すと、なぜボビー・ブランドやBBキングの黄金期の屋台骨ともなったサニー・フリーマンやジョン”ジャボ”スタークスを挙げることは無いのだろうか?彼らに焦点を当てない批評家は間違っている。
特にジャボにいたってはJBのセックス・マシーンやスーパー・バッドでも叩いているし、ヒップ・ホッパーのサンプリングドラミングの人間国宝。皆さんファンク・ドラマーと勘違いしておられるがリズム&ブルース全般のドラマーなのである。正しい情報を伝えない批評家が音楽史の事実を捻じ曲げてしまったのである。

ある意味最近のエイミー・ワインハウスはモータウン寄りであるが、ラファエル・サディークの新譜にいたってはまるでボビー・ブルー・ブランドの黄金期のシャッフルのようなものまである。ウェイン・ベネットがギターを弾いていればもっと大人のフレーバーになっていただろうななどと思ってしまう。あれはあれでポップさや軽さの面において素晴らしいのであるが。 この話に興味を持たれた方は是非ブランドの「Ain't nothing you can do」を聞かれることを強くお勧めする。 このグルーブが当時のヒットレコードの背後にあるのである。

しかし、日本のギター好きの限られた情報のファンには「ウェイン・ベネットってコブラのレコーディングとか、バディ・ガイので弾いてた人だよね?」なんて馬鹿な応答が帰ってくる。確かにそうではあるがメインはボビー・ブランドやチャイライツ、タイロン・デイヴィスなどブラウンズウィックの音源、ジミー・マクグリフのソウルジャズファンク、ジョーンズガールズの曲にも「ひょっとしてこれは?」というギターが入っているではないか?

国内外問わず本当に良いミュージシャンというものは違いが判り、そういったものを完全に演奏の面でも理解しているものである。クオンタイズされたかのようなタイム感の良い今日日のドラマーでもこういったノリの違いをジャボのようなドラマーから得ているものはやはり強い。こうなってくると着物の着付けのようなもので如何に洗練されているかが重要になってくる。

こういったミュージシャンがR&Bに与えた影響を考えるべきである。
コピーの巧い日本人であるがこういった間違いを繰り返している間は洗練された本物もコピーキャットも生まれてこない複雑な現状があるのである。


付記
ちなみにジャボの音源はボビー・ブランドのDUKE RECORDINGS VOL.2でも聞けるがBBとの共演ライブでも聴ける。しかし私の最も好きなのはInternational blues festivalにおけるボビーの黄金バンド・リユニオンライヴだ。最高のメンバーで、ドラムで会話しているかのようである。これを聞けば如何に彼が素晴らしいドラマーか判るであろうはずなのに、、、。あの音源がちゃんときれいにマスタリングされないでおまけに廃盤になっているのは哀しい限りである

2008年9月18日木曜日

日本からご来客。






このHouse of Giovanniに3人目の日本人客が来られました。



その名もMr.Shawです。




エレクトリック・サムライズということでニューオリンズのブラス界の若き獅子ことNori氏を迎えジャムセッション。




そうです。アメリカは家でもドラム叩き放題なのです。










うむ。Nori氏はもとより、彼もなかなかのイケメン。二人のイケメンに

囲まれて、おじさん楽しゅう過ごさしていただきましたわん。
大学生とはうらやまスイート。
私が大学生でイケメンだったら、もうそれはそれは不埒な悪行三昧でしょう、、、。





まあそんなことを夢想しながら、フライングVに乗って飛び立つわたくし。
地球の裏側で会いましょう!


2008年9月3日水曜日

久々に日本人になってきますた、、、。(ヒューストン編)

光る源氏、、、。アルバムのジャケにばっちりだぁ!!!








いごこちがあまりにも良いこの店。80’sのリーマンの方が笑ってモットベイベーをカラオケで歌っておられました。

「男は黙ってサッポロビール?」新興宗教信者の言うことを信じてはなりませぬ。

それでは!!

帰りたくねえなぁ、、、。

気分はすっかり中国人。帰りたくありましぇ~んカムバック!!

2008年9月2日火曜日

ヒューストンへ避難民ゴッコ。





今回は退散。ハリケーンに残ってわれわれができる事。それは無い!!わがアメリカの軍隊の方々の邪魔をすることなく、中華街へレッツ・ゴー!!気分は中国人だぁ!!!(ホイ3兄弟のうちのひとりです。)





この青い噴水を観よ!!観音菩薩様が現れて透明の水を水色に変えられたのだぁ!!!(注:着色された水です)



最後は、いつもの場所へ、、、。

2008年8月30日土曜日

ミシシッピへ行く前に


自宅の写真を、、、。


ハリケーンがまた近ずいている。

また戻ってこれるであろうか?


当たれば前よりも大惨事が予測される。

当たらなければ、前よりもいろいろな仕事ができる。


まさにターニングポイントである。

ハウスオブブルースにて


スナップ氏ケヴィン氏クリスマスさんにBC氏とライブ。
豪華な面子でこれからのレギュラーギグに。

といってもハリケーンどうなるか?
明日はミシシッピだ。

2008年8月29日金曜日

夜もいきなり仕事が、、、。




JT&Kバンドである。

早速テレビに出ていたことを警官のお兄さんとBRWのかたがたやバンド・メンバーに突っ込まれた。
フライングVに黒スーツにネクタイにサングラスがそうとう面白かったみたいでカッコマンだと言われ気恥ずかしい思いを、、、、。 (笑)

しかし、今日のバンドは良いバンドであるが、これではまるで抜き打ち試験だ。




そうなのである。このバンドはハリケーン以降もお世話になった、名門バンドのひとつ。誰もこのバンドのことを怖がって直接的に悪口を言わないという面白く恐ろしいバンドである。日本を代表する打楽器奏者の山口会長にお会いしたのもこのバンドで演奏していたときである。

いや、学校というほうが正しいかもしれない。


仕事の前に、なぜか武者震いという言葉についてずっと考えていた。


しまった!!弦を張り替えたてだったにもかかわらず、チューナーを忘れた。


久々に忙しく働いたせいか、ふらふらだ。



しかし、今日は疲れた。体力をもっとつけて、頭を整理するのが今月の目標だ。

テレビに出演。





4チャンのニュースである。リハーサルを12時半までやり4時半に起床、テレビ局はフレンチクオーターなのでかなり近距離ではあるが、冷蔵庫のように冷房がんがんのテレビ局に8時半までいた。



これは曲のスタジオ2である。


弦を大急ぎで張替えた。








こんなことならギターをきれいに掃除して置けばよかった、、、。








こんな感じで皆さんしゃべっておられる。

休憩もしゃべりっぱなし。

この人たちもミュージシャンみたいなものかもしれない。

しかし、交通情報と天気のお姉さんはテレビで見るよりずいぶんと美しかった、、、。




ざっとまあこんな感じである。全く新しい種類の仕事で、違うスタイルを確立しなければという課題が増えた。キーボードのケンドリックは天才である。
もう少し時間があればよかったのだがCDリリースパーティーまでには何とか、といってもローマは100日にしてならず、まだ時間はある。あせっても仕方が無い。楽しみながら吸収が一番手っ取り早くもあるのである。
しかし、今週の金曜はハウス・オブ・ブルースの別館パーリッシュの仕事の次に、
土曜日はサザン・ソウルの仕事がはいってきた。アメリカに着てニューオリンズにおいてほぼこういった仕事は無かった。実は私はこういう仕事がしたかったであり本業なのである。中年初老の方々とビールにバーベキューにブルース、、、。どうやらドラマーはよくボビー・ラッシュとも仕事をするそうだ。
今回はナポレオンとJTという名のシンガーと仕事をするそうだ。ベースはブラジル人のエレ。これは凄いわけのわからん組み合わせで面白そうだ。訳の判らん闘志が沸いて来る。
いつになったらボビー・ブルー・ブランドと仕事ができるだろうなんてことを考えながら。夢と現実の狭間をいまだにさまよう私。
これは徐々に目標に近づいてきているかもしれない。(苦笑)